2010年04月08日

第21回 からだ活き活き革命

 ご無沙汰しておりました。

 今日は、仙鶴水(酸化還元ミネラル活性水)ポットの開発について報告します。

 私も85才という考えもしなかった年まで生き、21世紀を体験できるなど夢にも思いませんでした。
 
 戦後の核家族化、テレビ番組、飲食物もアメリカナイズされていく情況を見て、
日本文化がどんどん消えていく状況を何とか止められないかとの思いで
ベルポ運動を進めて来ました。
 
 20世紀に、科学万能的な風潮の中で、自然界の調和性がこわされて行きました。
 私は、大牟田の地に住んで、大気汚染や工場、家庭排水による河川の汚染を身を以って感じて、
有明不知火海の汚染防止の運動を進めて約半世紀が過ぎました。

 私達人類は、太陽の熱と光線、空気、水なくしては生存できない動物です。
それなのに、人類は目先の欲と便利さへの追求に走りすぎて、
生命の源である空気、水等を汚染してきました。
 
 現在、日本人も一億総病人といわれるような情況です。
本来、人間は弱アルカリ性の体調が健康体といわれています。
しかし、空気、水、食べ物は酸性雨や消毒剤そして化学合成添加物等々によって酸性化し、
その空気に汚れた酸性雨が地下に入り、地下水の汚染も叫ばれる昨今です。
人間の食べ物も汚染した水で育った生きもの(牛、豚、鳥、魚など)又植物(野菜など)を
食しているわけです。飲み物、食べ物が酸性化に傾き、本来の健康な新陳代謝(メタボ)の
作用は酸性化で狂って諸病の源とされています。

 私は、先に人体の調和を維持する作用をもつとされる83もの配糖体成分
一種類の植物(救荒野菜)に含有する、
絶滅種とされるハーブ茶『仙蔘胆®(センジンタン)茶 URL:www.senjintan.com 』の
自然保護栽培に成功して、皆様に喜ばれましたが、この度50年の歳月を経て
ようやく念願の「水は生命の母」といわれる酸化還元ミネラル活性水の簡単な製法に
成功して、現在特許出願中です。
 この水は現在の日本の水道水や飲用水の有害物質を除去する浄水力に加えて、
世界初の日本科学技術庁長官賞受賞の多孔質セラミックスフィルターの発明により可能になった、
水です。(仙鶴水ポットURL:www.senkakusui.com)

 人間は昔から1日に1升(1.8ℓ)の水を飲めないときは健康を害していると聞いてきました。
成人平均約3.6ℓ近い水分(半分は食べ物から)を必要とするとされています。

 私が住む福岡市の自宅の水道水の酸化還元電位(ORP)は、+600を超す位の数値ですが、
人体の水分は胃の中で大体、ORP+200~+240、腸から肝臓へ栄養分が送られる状態で
-200~-220位という説があります。
この場合-200~-220位のORPが高いと、現在いわれている「活性酸素が諸病の源」という
状況になります。
 このORPの調和性を可能にしたのが、多孔質セラミックスフィルターと鉱石群の成分との
相乗作用です。
 
 世界で唯一の仙蔘胆®(センジンタン)と仙鶴水の開発に成功して、その絶妙な力に、
医食同源運動に関心のある多くの人達が実証の体験を喜んでいます。

詳しくは各ホームページをご覧ください。

 
  

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2010年03月14日

第20回 ベルポ会についてー⑨-

前回のつづき

 私は、文化というものは「人類が平和(平等和楽)の理想生活を求めての思考のいとなみと
その成果である」と意義づけてみたいと思います。だから広い意味にとれば、政治・経済・学術・
芸術・農業等全部含まれるとも考えられます。そして、「それぞれの文化はその風土によって
育まれるもの」であり、また「それぞれの風土によって育まれた文化は、その独自の文化を
基盤にして異文化を正しく理解して取捨選択することにより、平等和楽、共生、共栄の理想を
達成することが出来る」のであって、万が一にも自分の文化を他に押し付けるような事はあっては
ならない、とこのように考えます。
従って、現在人類の相克・専制・隷従・一極主義等々の不安を取り除くためには、
このような平和文化の考え方に立っての推進運動こそが急務であり、ベルポ運動の今後の責務である
と考えています。
 
 ベルポ会は、全人類の平等和楽を希って、更にこの平和友好の文化運動を民衆の力で推進し
続けたいと思う次第です。
 
 本日は、ベルポ会創立三十周年の佳節に当たり、ご参列の会員代表の皆様のご賛意を得られれば
幸甚に存じます。
 ありがとうございました。

 以上、ベルポ会創立三十周年記念祝賀会に於ける「会長あいさつ」全文より  

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2010年02月24日

第19回 ベルポ会についてー⑧-

 二〇〇三年十一月八日
 創立三十周年記念祝賀会に於ける「会長あいさつ」より(全文)

 本日、ここにNPO法人社会教育団体ベルポ会の創立三十周年を祝うに当たりまして、
ベルポ運動に深いご理解とご支援を賜りました国内外からのご来賓の皆様とご祝辞をお寄せ
頂きました方々に、全国会員を代表して心から感謝申し上げます。

 本席は、ベルポ会が教育・文化・環境保全の分野で合作事業を進めている中国人民政治協商会議
全国委員会・中国経済社会理事会 張国祥副会長を団長とする代表団、又中国国際交流協会
李成仁常務副会長を団長とする代表団、そして中国医師協会並びに中国健康教育協会 殷大奎会長、
以上の祝賀代表団の皆様をお迎えしております。代表団の皆様の友情とご支援に会員を代表して
改めて厚く御礼申し上げます。そしてまた、苦難を乗り越えて一筋にベルポ運動の発展の為に活動を
続けてきた全国会員共々に更なる発展を期して、この日を晴れやかに祝いたいと思います。

 私は、ベルポ会創立二十五周年の祝賀会の挨拶で、ベルポ会の活動理念の一端について
簡単ではありますが述べさせて頂きました。
 私は、ベルポ運動を始めた時に将来を危惧した事が、現在残念乍ら的中した状態にあると思われる
ことです。
 それはどういう事かと言いますと、現在の世情を観るとき「基準が見えない時代」だと思われる
ことです。
 ベルポ会では、国民生活の基準であり、よりどころである憲法についても学んで来ました。
たとえば、日本国憲法は国民に自由と権利を保障しておりますが、国民の義務についても明示して
おります。この事についての国民の認識基準がうやむやだと、勝手な自由や人権がひとり歩きする
ような時代になるでしょう。
日本国憲法は「平和文化国家の建設」をうたっております。今日は、「文化」とはどういう事か、
その本義について改めてベルポ運動の一基準として考えてみたいと思います。
ー次回へつづくー
  

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2010年02月19日

第18回 ベルポ会についてー⑦-

 前回のつづき
  
 私は生命の活動、即ち生活という実感の中で、平和、即ち「平等和楽」の理を確認しあい、
また実証できないものかという考えに至り、この平等の法理のもと、それぞれの特徴を生かしながら、
人類・文化・環境の調和を目指す人生改革、即ち社会の場でこの平等の「教理」により「育まれ」合う
という「教育」の普及を考えるようになり、現在のベルポ運動へと発展してきた次第です。

 求める人々が集い合い、相互に扶け合い、侵さず侵されず、争いや戦争の無い、人類共生共和の
真の民主主義の時代を世々代々に残すことが出来るよう願っています。

 中国の老朋友は、ベルポ会のことを漢字で「碧波会」と書きます。ちょうど、一滴の水が
集まって紺碧の大海となり大きな波動となるように、一人がまた一人に語りかけ、それが集団となり
大きな民衆パワーの波動となったベルポ会という意味で名づけられました。

 二十一世紀に向けて、このベルポ運動がさらに大きな波動となることを願い、二十五周年を機に、
皆様の倍旧のご支援ご鞭撻を賜りますようお願いいたす次第でございます。
ー次回へつづくー  

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2010年02月14日

第17回 ベルポ会についてー⑥-

 一九九九年十一月十三日
 創立二十五周年記念祝賀会に於ける「会長あいさつ」全文

 本日は、中国をはじめ外国からまた国内から、このように多くの来賓の方々をお迎えし、
沢山の祝辞や祝電を頂き、日本国社会教育団体ベルポ会創立二十五周年を祝うことができますことを、
会場の会員代表の皆様そして全国の会員とともに慶び合いたいと思います。
 会員の皆様、おめでとうございます。そして来賓の皆様に全国会員を代表しまして厚く御礼申し
上げます。

 ベルポ会は求める人々が相集い平等和楽の社会の創出を願ってきました。
草の根運動として、風雪に耐えながらひたすらにその歩みを続け、本日創立二十五周年を祝います。
多くの方々からの心暖まるご指導ご支援に対して、ここに全国会員を代表して衷心から
御礼申し上げます。
 
 第二次世界大戦の時期に青春時代を送った私は、人間の「生命」について考えるようになりました。
万物の霊長と錯覚した人類。しかし、その人類を存在させている「何か」がある筈であり、
その「何か」がまた自然界をも存在させ共生させている筈であると考えました。
そして、古人が残した東洋の哲理に源を求めて「個人と社会、また人類と自然界の調和を目指し、
教育・文化・環境保全等の分野での共生の実践活動」を目指す運動を自分のライフワークと決め、
一人またひとりへの対話を続けてきました。
ー次回へつづくー  

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2010年02月12日

第16回 ベルポ会についてー⑤-

 正しい者が報われる時代を

 よく質問を受けることがある。何故、入会金や会費を取らないのか?と。何でもカネ、
カネの世の中では、ベルポ会も同一視する人も多い。

 私は、ベルポ運動は、人間という生きものとして、当たり前のことをやろうとしている人達の
集まりだから、皆がそれぞれに、ベルポ会を知る前の自分と比べて、得をするようになったと
思えるようになることが大事なことで、「そのためにはまずカネを」と考える必要はないと思う、
と答えている。
 私は、それよりも、一般的に言って、カネを出す前に、それが真に価値的かどうかを正しく
判断することが大事だと思う。
 おカネを取る会であれば、入会したくても、おカネがない、もしくは不安で出せない人もいるはずだ。
 
 社会が多角的になり機構が複雑になってくる前は、人々は物々交換の経済を営んでおり、
通貨という物はなかった。その頃は、他人に喜ばれてお役に立つ立場の人が幸せだった、と教え
られてきた。「たらいの水」の教訓とはこのことだろう。

 私は、通貨は価値の交換基準として生まれ、存在してきたと思うし、それ故に、通貨自身に
力を持たせると、通貨を作り出した人間が、逆に通貨に使われるという矛盾が出てくるようになるのは
当然だと考えている。

 正しい価値観に基づいてカネを使わないと不幸になるし、たとえカネを沢山持ったからといって
幸せとは限らないのである。私は、たとえば経済にゆとりがなかった人が、ベルポ会でそのゆとりを
持てるようになれば、それでよいのではないかと考えている。

 ベルポ会では特定の政党や宗派に関わりもない。強制もない。誰も損をすることがない。
人間らしく生きて、より価値的な調和の生活を求めて、皆が得をすればそれでよいのだと
思っている。「正しい者が損をする時代」の方が狂っているのだ。

 他に損をかけず、他から損をさせられることもなく、人間としての権利を犯すこともなく、
また犯されもせず、人間共和の愉しい時代を次の世代に伝えたい。これがベルポの望みである。
ー次回へつづくー  

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2010年02月09日

第15回 ベルポ会についてー④-

 井の中の蛙が大海へ

 現代は、自分のことのみしか考えない人々が多いと言われる。大体、自分の境涯、成長の過程、
他人とのふれあい等々でそれぞれの個性が形づくられるようだ。そして、ふれあいのご縁で人生の
視野が決まるようだ。

 「井の中の蛙」という言葉を思い出す。かたくなになって、正しいか間違っているかも考えようと
しない自分は、「井の中の自分」だと思う。
 このことに気がついたら、なんとか大海に出てみたくなる。しかし、現代はそういう場を提供して
くれているとは思えない。

 ここに、ベルポ運動は、人間という生きものが、それぞれの個性・持ち味を持ち寄って、自然の
扶け合い、補い合いのリズムに沿って、井の中から大海へ出て、生きようとする場を作り上げる
運動であるといってよい。

 賢くなった女性が、収入の少ない夫を責めることをやめて、自分の間違った反価値的なカネの
使い方に気づく、そして、妻としての責任を果たし、夫の労に感謝し、それぞれの持ち味を出し合い、
補い合ったら、今までより愉しく、より価値的な家庭が生まれるだろう。そういう親達を見て、
子供もきっと何かを考えるようになるだろう。

 他を責めていた自分が、自分を反省できるようになっていく。自分も、他人も、それぞれ持ち味は
違うけれども、みんな同じ「人間」なのだ。
 「人間としての自分」、「人間としてのあの人」というふうに、根本としての「人間」という
立場から物事を考え、とらえ、それぞれの持ち味、立場などを大事に認め合い、お互いに扶け合い、
補い合うーこれが「不二の哲理」であり、それに基づいて実践していけば、それなりの結果が出るのが
当然だと思うのである。

 私自身、現在、人様から生かさせていただきながら、卑屈にもならず、威を張る必要もなく、
いつも多くの人々によって狭い井戸の中から少しずつ引っ張り出されて、広々とした明るい大空を知り、
呼吸すら自分でしているものと思い込んでいた傲慢さを知り、一瞬なくしてはない永遠の、
生き甲斐のある生きものの存在のすばらしさを知り、幸せを満喫している。

 ベルポ会での色々な行事や会合の場で、それらのことが当たり前のこととして習慣づけられていく。
 ひとりではできないこともある。だが、ひとりは「個」としての特質を有し、社会という「全」を
つくる。「人間」という一致点から、社会という「全」・「全」を構成する「個」という主体との
それぞれの違いを大事に認め合っていく生活の場が、「ベルポ会」として成長してきた。
今年(1988年)で十五年目である。
ー次回へつづくー

  

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2010年02月07日

第14回 ベルポ会についてー③-

 正しい認識と「よりどころ」

 何かを認識する時に、それが時・所を超え、又道理的に普遍性を持っていて、それによって行動すれば、
目的とする結果が出るならば、人はそのことを正しいとする認識に基づいて生活をすることが大事である。

 生きものとしての人間が、生活をする上において、時代、年齢、性別、国籍等々を問わず、
「よりどころ」とするものが、現代こそ最も必要になってきていると思われる。

 自然との関わり合い、人間同士の関わり合いの大事さについて、人はよく口にはするが、
現状は果たしてどうだろうか?

 人間の目先の欲求充足のため、または便利さだけの故に利用するばかりで、自然の調和を壊し、
他を利用して自分だけの利潤追求・拝金主義で経済の調和を乱し、自国だけの都合で利を譲らず
国家の争いを引き起こすなど、人間が自分の存在のための調和性を忘れた時代、
と私には思われてならない。

 これらのことはすべて、先に述べた、宇宙・自然及び人間生活のきまりを忘れて、自分の側だけの
欲の虜となっていることから生まれていることであり、それは、宇宙に生かされている人間が、
自分という存在を宇宙のリズム・調和の外におくという、いわゆる不調和の状態にあることを意味する。

 私は、この時代に生きる者として、自然の調和性を基に、それぞれの持ち味・立場を認め合い、
正しく扶け合い、補い合うことを、まず自分から努力してやってみようと思うようになった。

 現在の民主主義の時代に、日本国民は真に「主権者は国民である」という認識に立っているのだろうか
と考えることがよくある。
 たとえ「よりどころ」が正しくとも、その「よりどころ」を正しく認識・把握していないと、
それによっていくら努力しても、正しい報いが結果として現れないこともあるということの大事さを
痛感する。

 ましてや、根本としての「よりどころ」が正しくない場合は、それを間違って正しいと認識し、
それによって努力すればするほど、間違った結果が出るのが当然と考える。
 こうして、敗戦を私自身の重要な転機とすることで、試行錯誤しながら、人々への語りかけを
はじめることになった。

ー次回へつづくー  

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2010年02月05日

第13回 ベルポ会についてー②-

 私の憲法

 自分はひとりでは生きていられない。宇宙のきまりとも言うべき何らかの働きにより、
自然界・人間社会の中で生かされている。
 しかし、一方、自分はひとりの自分として、自分でしか生きられない。即ち、自分自身は、
自然の生きものであるが、また、自分という、自然の中の「一分」(いちぶん)の生きものでもある、
という二面性を考えはじめた。そして、自分という「個」と、自然界もしくは社会の中の生きものとして
自分がその存在の場をもつ(個によって成り立ち、個を包含する)「全」との関連性を考えはじめた。

 その後、古来、東洋には「不二(ふに)の哲理」という生命の偉大さと不可思議なその働きについて
明察した考え方が存在することを知り、私はこれを自分の憲法として生きることを決意すようになった。

 その時、私が自分なりにきめたことを整理してみると、次のようになった。
①自分は、宇宙の働き(自然の摂理)によって生かされている生きものの中の、動物の中の、
 しかも人間の中の一分である。
②その宇宙を私達人間の側から見ると、周りは自然界である。
③人間界も自然界も共に宇宙によって生かされていて、しかも各々特質の違いがあるが、
 お互いに扶け合い、分かち合って宇宙のリズムの調和のもとにある。

 考えるまでもなく、これは実に簡単明瞭な宇宙・自然のきまりであり、同時にそこに生かされている
人間生活のきまりであった。
 私は、このことに気づいた時ほど嬉しかったことは今までになかったと思う。
とたんに、新しい生き甲斐の力が湧き出てきたのを覚えている。

ー次回へつづくー  

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2010年02月03日

第12回 ベルポ会についてー①-

 ベルポ会創立15周年、25周年、30周年の各記念祝賀大会の際の会長あいさつの文を
ご報告致します。

 創立15周年記念「会長あいさつ」より
 人間共和の愉しい時代をつくるために

 私の転機

  国家の憲法 ─ それは国民が遵守すべき法である。
  私が青年期を過ごしたのは第二次世界大戦の時代である。その時代の憲法は御上によって
 定められた欽定憲法であり、法の絶対性を疑う余地はなかった。
  その憲法が敗戦によってもろくもくずれ、国民主権という考えのもと、民主憲法にと改新
 された。
  このことは、私の人生において、「よりどころ」ということについて根底から思考させられる
 契機となる最重要事となった。
 祖国のため、陛下のために死ぬことを当然のことと教育され、犠牲的精神を涵養され、肉親や、
 友人や、知人や、多くの人達が戦争のために死んでいき、自分もまた死のうとしていた。
 そして、自分は、敗戦によって死なずにすんだが、多くの死んだ人達は・・・・・。
  もしも、死んでいった人達が、死なずに今の民主憲法のもとに生きていたならば、その人達は
 「自分は死ぬべきだった」と後悔するだろうか。それとも、憲法の、そして教育の重要性に
 めざめるだろうか。
  私は、こういったことから生命について思索しはじめるようになった。 
 次回へつづく  

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2010年02月02日

第11回 正しい基準を求めて つづき

 前号まで述べたようなことで、私は新憲法のもと平和文化国家建設のために、日本国民一人ひとりが、
真の主体性をもって、主権者としての立場を自覚して「封建的な上下」の体制を打破して平等和楽の
世界の建設に邁進することが緊要だと思いました。
教育は百年の計ともいわれて来ました。
一人ひとりが生活の場で、真正の民主主義の姿について学ぶ縁の必要性を感じて、草の根の市民運動を
始めました。
その後、社会教育の団体と評価されるようになり、組織化されて今年で37年になり、
現在 特定非営利活動法人(NPO法人)社会教育団体ベルポ会(中国命名碧波会)として活動しています。
次号では、特定の政党、宗教宗派に偏せずに平和文化の世を目指すベルポ会についてご案内をさせて
いただきます。  

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2010年01月25日

第10回 正しい基準を求めて

 日本国憲法は、欽定憲法から民定憲法へ、即ち君主制定の憲法から国民主権の憲法に改正されました。
そして、戦争をしないと宣言した「平和憲法」だと認識されて「文化立国」を目指す理想的な立派な
憲法だと評価されています。
しかし、一方では現憲法を改正して軍隊を持てという声もあります。
戦争を認めるか認めないかの争いです。

(戦争と平和)
戦争とは、争いの中でも「武器を持って戦うこと」を言います。
だから、国家間集団殺人行為とも言えるでしょう。
つまり、合意できないから相手側の国民を殺して勝つか負けるか戦うのは戦争です。

本来、争いという字は 下向きの手 と 上向きの手 との間に一線を加えて手と手で縄を引き合う、
ひいて「あらそう」意を表した字とされています。
だから、一本の縄をそのままの状態で認め合っている情況では争いはありません。
つまり、何か一つの事物についての認識について、お互いに合意している状態では争いはないわけです。

一方、
平和とは、戦争がなくて世の中が安穏であり、やわらぎと安らかなことです。
争いがない状況です。

私は、平等和楽の略語が平和と思っています。
「平」という漢字は水草の葉が水平に水に浮かんでいるところから「たいら」という意味になっています。
「和」とは口(クチ)と音符の禾(カ)、合わせてほどよくする意から「あわせる」「おだやか」
「なごやか」の意とされ、和(ア)えものという言葉もあります。

私自身は、「平等」という言葉に対する正しい認識基準なくしては、
真の自由・人権が保障された「和楽」の生活はあり得ないと思っています。
ー次回へつづくー
  

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2010年01月23日

第9回 二つの憲法の体験 つづき

 国民の生活のよりどころである憲法。
その憲法が敗戦で変わったという事は、私にとっては「憲法は正しいモノ」との思いが間違っていたことになります。
思い起こせば、歴史的にみても憲法は主権支配者によって変わった事は学んでいた筈。
そうなると、自国のそれぞれの憲法の違いがあることも、又改変されることも本来当然の事であると
納得できました。

ならば、人類は各国独自の憲法を有し、その憲法はそれぞれ違いがあっても当然。
国のあり方が違うなら各国間で争いが生じるのもまた本来当然の事である筈。

争いがない人類世界を目指して、現在国連で調整しようという事になっている。
各国が合意できる、そして正しい合意といえる法則の国連憲章が生まれました。

しかし、各国合意できない事態が続出しています。

ここで、私は「憲法は国家統制の根本法である」という「憲法という言葉」の認識は正しいと思います。
憲法そのものが必ずしも正しいとは言えないということです。
たとえば、裁判官は「法を基準として正・邪・善・悪を裁く職責のひと」「裁判官という言葉」の認識は
正しいと思います。しかし、だからその人個人もまた正しいヒトとの評価は正しくない事もあります。
裁判官でも法に触れる悪いコトをする人もいるのです。

私は敗戦の体験から、このような認識と価値判断が正しい基準の欠如から混同されている例が多いこと、
「正しい基準を見失った時代」の中に生きていること、に気づき始めました。
次は、「正しい基準を求めて」  

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2010年01月14日

第8回 二つの憲法の体験

 私は日本人として20才迄(第二次大戦の日本敗戦の年)は、欽定憲法である大日本帝国憲法の下で、
そしてその後は改正された現日本国憲法の下で、現在迄生きてきました。
 同じ一人の日本国国民として二つの憲法の下で生きてきたという事は、いうまでもなく憲法は治世主権者によって変わるという事実を体験したのです。
憲法とは、国家の統治体制の基礎を定める根本法です。
形式により成文憲法と不文憲法、制定者により欽定憲法と民定憲法そして協定憲法、条約憲法などに
分類されています。尚、近代的成文憲法は1776年のアメリカのバージニア州憲法に始まり、
基本的人権の保障と民主的な統治機構を特徴としています。
わが国では、明治22年2月発布された大日本帝国憲法(いわゆる明治憲法)と、
第二次大戦後その全面的改正として昭和22年5月から施行されたのが現行の日本国憲法であります。
旧、大日本帝国憲法は欽定憲法(君主の命によって制定する)で、19世紀のドイツ諸邦の憲法、
1814年のフランス憲法等が之にあたり、議定憲法や民定憲法に対するものとされています。
この大日本帝国憲法のもとでは、国民は現人神(アラヒトガミ)即ち人間の姿をした神サマである
天皇陛下の子供即ち赤子(セキシ)であるとされて、神国不滅、忠君愛国、滅私奉公挺身報国、
神風特攻等々の精神教育が強制的になされたのです。
現在、イスラム過激派のテロが問題視されていますが、「当時の日本は一億総国民が火の玉となっての
自爆集団だった」と、アメリカの友人が私に語った言葉がいまだに忘れられません。
私が20才で体験した「不滅のはずの神の国の敗戦!」。
そして、新憲法に変わったとたんに「天皇は神ではなく普通の人間だ!」という事実に直面した時の
混乱ぶりは、その後の占領軍の統治下、そして新憲法のもとでの教育と社会環境で育った
70才前の人々にはとても理解できないだろうと思われます。
ー次回へー  

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2010年01月11日

第7回 「正」という字

「正」という字は、「一に止る」と書きます。
この「一」は人間の膝がしらを示します。
「正」の字は、本来 
 膝がしらと、
 ふくらはぎと、
 足あとを合わせた形を表しているとされています。この形から ⇒ 正 足 疋
 
膝から下の「真直ぐで曲らない部分」の意から「ただしい」「ただす」となったとされています。
2本の足で歩く人間。膝がしらで屈折して両足が交互に動いて歩く。
「歩」という字は左と右のあしあとが上と下に並ぶ形で、前足に後足がついてゆく相対の活動が
所謂歩くとなっています。
このように、人間の歩行は膝がしら「一」が基準となると示しています。
人類の歩行の為の一基準も、人間が創り出したものでなく自然(じねん)の法則に基くハタラキであり、
生命維持の活動に一番大事な相対の活動の呼吸というハタラキも亦然り、です。
このように観て来ると、私は私達の先祖が自然のハタラキを最も畏敬して生活の基本の知恵として来た事を
漢字の生い立ちから感じるようになりました。
正、邪、善、悪という言葉があります。
正と邪(不正)は、認識の対象である真理の判断の基準であって、
一方善と悪は、価値の判断の基準であるという説もあります。
人間は幸せを求めて生きて行くといわれますが、物事を正しく認識しないと不幸な目にあう事は
誰でも体験する事だと思われます。
 人間は、自分自身でしか生きられませんが、まわり(環境)なくしても生きられません。
ひとりという個人と複数の人々、即ち個人と社会があります。
個人とその属する国家があります。そして国家には国民生活の基準、よりどころとしての憲法があります。
ー次回は第8回「2つの憲法の体験」-  

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2010年01月08日

第6回 謹賀新年

 今年もまた生き甲斐のある愉しい1年間を目指します。
倍旧のご指導を賜りますようよろしくお願いします。

去年の暮から正月3日迄、冠雪の由布岳を仰ぎ見ながら、ベルポ会の湯布院研修所「鶴の巣」で、
すがすがしい気分で過ごさせて頂きました。
正月とは1年の1番はじめの月という意ですが、久し振りに
睦月(むつき)に継いで如月(きさらぎ)、弥生(やよい)、卯月(うづき)、皐月(さつき)、
水無月(みなづき)、文月(ふみづき)、葉月(はづき)、長月(ながつき)、神無月(かんなづき)、
霜月(しもつき)、師走(しわす)という昔なつかしい1年12ケ月の言葉を想い出しました。

新聞・テレビでは例年の「初詣」風景を報じていました。
私も、第2次大戦の日本敗戦までは、必勝祈願の為に初詣はかかした事はありませんでしたが、
前のブログに書いたように神・仏を以て単に人を幸せへと導く対象とする所謂宗教という
一般的認識に疑問を持った私は、「生命とは」そしてまたその「生命の活動(生活)とは」、
「平等とは」、「自由とは」、「権利と義務とは」、「何故争うか」等々について思索するように
なりました。
そして、最近特に思う事は、「正しい基準が見えない時代」という一点です。
ー次は第6回「正」という字ー  

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2009年12月29日

第5回 七五三の不思議 つづき

 母体から出た瞬間に大気に触れてオギャーと体からしぼり出す叫び(呼吸する)、
そして、まだ目も開かないのに母親の乳房をしっかりと捕えて母乳をうまく摂取する。
これ等の活動からは、宇宙の中の一存在である人類の思考を超えた所謂不可思議な宇宙・大自然本来の
自然(じねん)の法則として「森羅万象・天地万物それぞれの個とまわり環境との調和性の作用がある」
と思われます。
私達人間は自分自身でしか生きられない、がまたまわりなくしては生きられない。
(個と全、人類と自然界、精神と肉体等々の調和性)
さて、新生児は胎児としての母体内環境における自然的調和性から、
出産後のヒトの社会環境との調和という違いに身を置く事になって、強い違和感を抱く状態即ち反抗期を
迎える事になる。それが、三つ児のタマシイ・・・と言われる3才、そして男の子は5才、
又女の子は3才と7才の体調変化、反抗期に当たる。
この時期に、神仏にすがって正しい人としての道を踏ませる為の行事が七五三の宮詣りだという説もあり、
私はこの説の方が理にあっていると思っています。
しかし、ここで大事な点はすがる神、仏とは何かという事だと思います。
七五三の宮詣りをただ単に迷信や盲信のたぐいでの行事なら、それは邪悪の行為といわざるを得なくなります。
私がこのような事を思うようになったのは、先ず一つには幼い頃の西瓜のウラミ(第1回「仏さまにダマシ取られた西瓜」を参照)から仏サマ不信に陥った事。
二つ目は、幼少時から20才迄信じ込まされた欽定憲法の下での天皇陛下が現人神(あらひとがみ)であるとの教育態形に対しての不信。そして更には、宗教はアヘンよりこわい!
又、戦争という国家間集団殺人の原因として宗教・経済が挙げられる歴史的事実等から
神・仏を信仰する事に慎重になったようです。

今年11月に入ってからブログ仲間入りをさせて頂きました新参者ですが、
来年もお世話になり度いと思っています。よろしくご指導賜りますよう伏してお願い申し上げます。
ありがとうございました。
皆様佳いお年をお迎え下さい。  

Posted by 鶴 健市 at 20:40Comments(0)TrackBack(0)

2009年12月22日

第4回 七五三の不思議

私は、数詞の「ひとつ」即ち「一」とは何か、と思いつづけて来ました。
辞書には、横に一本の線を引いて、天・地万物の根元を示し、ひいて「物事のはじめ」「数のはじめ」の意、ともあります。
自然数の最初の数、零の次の整数(零およびそれに次々に一を加えたり引いたりして得られる範囲の数)、ともあります。
零とは数量が全くない事。正数・負数の境目になる値、とも。
ならば、正と負という相対的特質の二が帰一する根元だと言えなくないか?
又、数量とは何か?漢字の生い立ちからみると、數とは声を出してかぞえる意の左側の字と、手で扱う意の右側の字とで、
かぞえるとなったとされ、量とは重さをはかる意を表している。
この数量が全くない、それを零と。
そうすると、この零と「空」(クウ、そら、から、むなしい等の意)と どう違うか?また疑問がわいてきました。
数に奇数と偶数という二つの特質があります。偶とは人と右側の字(人がならびあう意)とで、「つれあい」とか「たぐい」等
組になり、二で割り切れる数とされています。奇数は二で割り切れない数です。
奇は大(人の立ち姿)と可 カ→キ (一本の足の意)で、人が片足で立つ意で普通と異なるさま。
例えば、呼吸もハクかスウかどちらか一つだけでは生きられません。
又、奇数の中で 1、3、5、7、9 の中の 7、5、3 は
①特に祝い事に使うめでたい数とされ、
②本膳に七菜、二の膳に五菜、三の膳に三菜をつけた盛大な宴、
③又、子供の成長の祝で数え年で男は三才と五才、
女は三才と七才の11月15日に、晴れ姿で氏神などに参拝するなどの行事として伝えられています。
今では七五三の宮参りで千歳飴の袋がつきもので又写真屋さんも大忙しのようです。
私としては、このような七五三の宮参り行事は理解に苦しむところで、果たして子供の成長の祝だったのだろうかとの疑問を
もちました。
即ち、三才という第一反抗期と五・七才という第二反抗期の年令に成長した子供の矯正のための行事ではないかと。
「育」という漢字は、子(♀)が逆さまになったさまと肉月の月とからなり、
逆さ(頭が下)で母体から出て来た肉の塊が自然(じねん)に大きくなる事を表しているとされています。
自然(じねん)の育成の力です。
胎児は母体を出た時、「オギャー」と叫びます。「叫」という字は口と音符のキュウ 丩 (ふりしぼるの意)とからなり、
声をふりしぼってさけぶ意です。
宇宙自然(じねん)の法則、いとなみによって母の体内と体外という二つの環境で育まれる赤ちゃんの個としての
大氣の中での呼吸という初めての生命の活動(生活)の第一声です。
天地・万物の根元の「一」! 
(次回に続きます)
  

Posted by 鶴 健市 at 21:23Comments(0)TrackBack(0)

2009年11月18日

第3回 おふくろの尺はなぜ長い?

私の幼少時の度量衡の尺貫法は、現在では変わってメートル法が使われる。長さはメートル、質量はキログラム、時間は秒を基本とする十進法の度量衡の単位を経て国際単位系に発展。
ところで、幼い頃、大工さんの仕事を見ていて、切り捨てられた板や細い木を貰って遊んでいました。ある時、大工さんに「お母さんに頼んで1尺の長さに切って貰って来なさい」と言われて、細い木をおふくろのものさしを借りて1尺の長さに切って貰ったものを大工さんに見せたら、「ケンちゃん、これは鯨尺(くじらじゃく)だよ!」と言われた。
1尺に「鯨尺」と「曲尺(かねじゃく)」という二つの長さの違いがある事を初めて知った。
おふくろが裁縫の時使うのは鯨尺で、大工さん達が使う尺は曲尺だという事を知った。
曲尺の1尺は約30.3?。鯨尺の1尺は曲尺の1尺2寸5分で約37.8?にあたる。
畳の寸法にも京間(きょうま)と田舎間(いなかま)の違いがある。
京間とは曲尺の6尺5寸(2メートル弱)を1間(いっけん)とした住宅・畳の寸法で、主として関東地方で使われる田舎間(6尺を1間とする)に対して言われる。
最近の住宅の間取りで、6畳間とされる部屋が古い家の6畳間に比べて狭いのは、この違いによる。
最近では田舎間が多く使われるようになったのである。
いつの間にか、生活の中でのいろいろな基準が変わって、どれが正しい基準なのか?・・・
若い頃、アメリカでハイウェイを車で走ってスピード制限40という数字を見て、日本の道路に比べてまっすぐな広い巾の道路に
時速40?とは!「どうなってんの?」と思ったが、40?ではなくて40マイルだったのです。
(マイルはヤード ポンド法の距離の単位、約1.6?)
次回 第4回は「不思議な七五三」  

Posted by 鶴 健市 at 20:26

2009年11月18日

第2回 ブラジルへの移民は落っこちる!

20世紀初頭、日本は貧しかった。ハワイやブラジルに新天地を求めて移民団が海を渡った。
小学校1年生になって、教室で初めて直径40?位の大きな地球儀を見せられ、赤色に塗られた日本が余りにも小さな国である事に驚いた。先生が、「みんなブラジルという国を知ってるか?」と聞いた。みんな元気よく手をサッと挙げて「知っています」と答えた。先生は地球儀をクルクルと廻して、「日本が上だとブラジルは真下になる」と言った。私は、ビックリした。サッと手を挙げて
、「先生!ブラジルに行った日本人は落ちてしまう!」と叫んだ。
先生は、「心配イラン!地球には引力というものがあるから落ちないんだ。」と言った。
私は成人してからも、この疑問はますます深まった。
宇宙は限りなく広大である。その引力と、地球の引力と太陽系のまた銀河系の・・・・引力等々との関係は?流れ星を見て、又いろいろと思いめぐらすようになった。引力の元は?
第3回目は、「おふくろの尺はなぜ長い?」  

Posted by 鶴 健市 at 18:50